奥会津・三島町に移り住んで、6回目の秋を迎えました。
日々色鮮やかに装う山々と只見川の深い霧に見とれて、ため息をつく毎日です。この秋の美しさはもちろん好きです。そして、これからやってくる冬は、厳しさがあるからこそ美しさもいっそう格別です。今年はカマキリの卵の位置が高いようなので、「雪が深いのかな」と、迎える冬にもいろいろな思いをはせながら過ごしています。
まもなく、奥会津の山々が眠るように、私のお店「空色カフェ」は3回目の冬季休業に入ります。
お菓子の製造工房と喫茶スペースをかねた「空色カフェ」は、三島町の美坂高原の中ほどにあります。国道から、くねくねした次第に細くなる道を5kmほど登った山の中です。美坂高原自体は町の施設ですし、お店の看板をところどころに立ててご案内していますが、はじめてのお客様の中にはあまりの山深さに心細くなる方もいらっしゃるようです。「ほんとうに、この先にカフェがあるのかしら・・・」と。
冬、この山道の先には人家がなく、急な登り道でもあり雪崩の危険もあるので、除雪はされません。つまり空色カフェはすっぽり雪に包まれることになります。訪れるのは、山の動物たちだけです。(春、再開店の準備にカンジキを履いてお店に来ると、彼らのいろいろな足跡が残っています。)そんな訳で、すっかり雪が解ける春の大型連休まで冬季休業になるのです。
山の中にあるこのカフェには、電気も電話もきていません。景観の都合上、電線で電気を引いてありませんので、最小限の電気は発電機でまかなっています。厨房は電灯をつけていますが、店内は自然光とランタン、ろうそくの灯りにたよっています。もちろんクーラーはありませんが、高原を通り抜ける風で夏はすごせます。発電機は、勝手に24時間電気を供給してくれませんので、冷蔵庫も常時使えるわけではなく、作りたい・作れるメニューは限られています。「ああ、いつかアイスクリームがたっぷり乗ったパフェを作りたい。」と思ってはいますが、夢のまた夢です。
こんな風に、電気がないところ=設備が整っていないところで、お菓子を作りカフェをすることについて、たいへん驚かれることがよくあります。
もうこの頃は、だいぶ慣れたものですが、もちろん素材の管理や作業の仕方はかなり工夫が必要です。
冷涼な高原ですので、常温保存が効くものは、よい状態で保存しやすいのですが、それでもお盆の頃は、バターがすっかり溶けてしまって、どうにもこうにも形にならないことがあります。ちょうどいい時期はほんの一時です。素材も作業をする私も冷えすぎて、効率悪くなってしまうこともあります。
それでも、ここでお菓子を作り続けていたい訳は、ただ、とにかく空気が美味しくて、山々に守られ、樹々のささやきや小鳥のさえずりの中で、穏やかにお菓子を作ることができるから。奥会津の自然に包まれてお菓子を作りたいから。
こんな環境の中で仕事をしているので、保存食作りはだいぶ上達してきました。旬の恵みをぎゅっと閉じ込めて、長く楽しむため、漬物やピクルス、ジャムは時間を見つけてはどんどん作ります。失敗もかなりしますが、とびきりおいしくできたときはもう嬉しくて、さてどうやって誰に食べてもらおうかと想像してはまた嬉しくなります。
今は、ちょうどおいしいりんごの季節です。ケーキやクッキーに練り込むジャムをどんどん炊いています。これからしばらくは、おいしいかんきつ類をマーマレードにする日々が待っています。
冬は、お菓子の一番おいしい季節。この冬からは、ふもとに近い場所でお菓子を作り続けることにしました。冬囲いに加えて、新しい厨房の準備もあって少し忙しい冬がやってきそうです。
さあ、山の動物たちが冬の支度に駆けずり回っているように、私も安心して冬を迎えられるようにどんどん準備をしなくては・・・。
「福島民報 2007年11月4日付掲載」
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